profile:うちの・のぞむ│大学卒業後、古書店『バサラブックス』でアルバイトとして勤務。2014年に店長に就任。大学時代からシンプルなスケーターファッションに身を包む彼のモットーは「数は買わないけれど、良いと思ったらどんなに高くても躊躇せずに買う」。東京都武蔵野市吉祥寺南町1-5-13 0422•47•3764 13:00(土日祝は10:00)〜23:30 月休
「さあ、本を読もう!」と思い立っても、そもそも良い本と出会う方法を知らなければ、すぐにスマホの世界に逆戻り。街の本屋さんが減りゆく昨今、『Diggin’ Books』では、そんな僕たちが頼るべき本のプロが選ぶオススメの3冊をご紹介。早速どうぞ!
吉祥寺の駅前を歩いている時に、ふと小さな古書店が目に留まった。名前は『バサラブックス』。試しに覗いてみると、作家/ジャンルごとに本が綺麗に並べられた棚に好感を覚える。価格も良心的。ラインナップは“サブカルチャー”を中心に色のあるセレクトがなされ、ワクワクするようなアンダーグラウンドの香りがほんのりと漂う。そして、本の整理をしていた店主が着ているのは、最高にイカした〈Fucking Awesome〉のコーチジャケット! 自分の中の“気になるメーター”が急上昇した。早速、取材をお願いしてみたところ、「話すのは大丈夫だけど顔出しは恥ずかしいっす」とのこと。ただ、店頭では初めてのお客さんとも気さくに話してくれる人なのでご安心を! 店主の内野望さんはまず、お店の歴史について話してくれた。
大学を卒業した後は一度も就職せず、『バサラブックス』をはじめいくつかの古書店でアルバイトとして働いていた内野さん。ひょんなことから古本を生業にするようになった。
「オープンしてから今年で10年になるんですが、僕は3代目店長なんです。初代はここのオーナーで、その後は2代目が店長を務めていました。2年前、ここのビルが建て直しになるタイミングで、オーナーから僕ともう1人のアルバイトに『店を継いでくれないか』と相談があって。自分は店長という柄じゃない、なんて思っていたら、もう1人の子が断ってしまった(笑)。生活のことを考えるとそれも不思議な話ではないんですが、それで僕まで断ったら、本当にここがなくなってしまうじゃないですか。自分も好きなお店だったし、それはどうしても避けたかったから、僕が継ぐことになりました」
現在28歳の内野さんは、どこから本の世界にのめり込んでいったのだろう?
「元々、本よりも映画が好きな子供でした。実家にスピルバーグ作品のVHSが転がっていたので、それを繰り返し観ていましたね。中学に入ると、『ぽるぷ出版』が出していた名著復刻シリーズをきっかけに文学の世界に入りました。特に好きだったのは夏目漱石。そこから、深沢七郎や町田康なんかを読むように。小説の他には漫画もよく読んでいました。ここにもいくつか置いていますが、いましろたかしはずっと好きで。実は彼が絵本を出した時に、ここでサイン本を作ってもらったことがあるんですよ。気軽に話しかけられる雰囲気ではなかったんですが、男くさくて、いい人でした」
「他に選択肢が思いつかなかったから」と大学は文学部に通い、これまで本一筋の人生を送ってきた。
「もっとも本を読んだのは大学時代。1日に2冊、年間で少なくとも500冊以上は読んだと思います。特にのめり込んだのは、ジャック・ケルアック、チャールズ・ブコウスキー、ウィリアム・バロウズなどのビートニク文学ですね」
中高時代にはヒップホップにも傾倒していたという内野さん(店内ではヒップホップレーベル「ミッドナイトミールレコード」のCDも取り扱う)が、何かを「良い」と判断する基準は「どんな形式であっても、真面目にやっているかどうか」だという。
「通販をやらず店売りに集中しているのは、一癖も二癖もある作家たちを発見する場所としてここを機能させたいから。どんなマニアックな分野でも、真面目に突き詰めた人たちが書いた本からは必ず得るものがあるし、お客さんにはそんな本を安く手に入れられたという意味で“得した”と思ってほしい。僕自身も毎日知らない本と出合っているし、それが働く上で大きな喜びになっています」
時代とジャンルの文脈が強く意識された棚を見れば、サブカルチャーをきちんと紹介したい!という意気込みをビンビンに感じることができる。
今の内野さんを形成したと言える作家はいるのだろうか?
「影響を受けたという意味では、詩人の荒川洋治さんが断トツです。この方の詩には“重要なのは、自分が今持っているもので最高のものを作り出すこと”というメッセージがあるような気がして。しかも、荒川さん自身、ずっと同じ場所に留まることがない。音楽で言えば、かつてのヒットソングをずっと歌い続けるタイプではなく、誰に何と言われようと新しいジャンルに挑戦していくタイプ。その方が断然格好良いですよね」
内野さんの話を聞いていくうちに、今までちゃんと掘ってこなかったジャンルのものも俄然気になってきた。ずばり、内野さんがオススメする“今読むべき3冊”とは!?
1st DIG 『穴が開いちゃったりして』隅田川乱一
「『JAM』などの雑誌で連載していたカルチャー批評をまとめた一冊。彼はこの本の中で、プロレスを語る時に民俗学を引用したりするんです。サブカルチャーとハイカルチャーを接続させる批評のダイナミックさを実感しました。それって、相当な知識量があってこそ成せる技。文体が変に堅苦しくないのも素晴らしいです」
2nd DIG 『遠浅の部屋』大橋裕之
「この人の魅力は何と言っても不必要な描写に凝っているところ。でも、だからこそ、シーンが鮮明に浮かび上がってくるんです。これは大橋さんが一人暮らしをしていた頃の話が元になっている漫画で、青春のモラトリアムが詰まっています。10代〜20代前半の人が読んだら胸を打つものがあるんじゃないかな」
3rd DIG 「セクト」のZINE
「10年くらい前に活動していたグラフィック集団「セクト」によるZINE。昔、「アナーキーブックセンター」という展示会で複数のアーティストにZINEを作ってもらうという企画があって、その時に作られたものらしいです」
『バサラブックス』では、1冊の本を気に入ると、同じ棚に置いてある他の本も気になってくる。「それが好きなら、こっちも好きでしょ?」と、内野さんに導かれているような感じがするのだ。自分の知らない世界がどんどん開けていくこの感覚こそ、サブカルチャーを掘っていく醍醐味に違いない。
取材を終えて、ジョージ・オーウェルの『動物農場』を買った帰り際、ふと「大人の本屋」というポップが目に入った。
「実は、建て替え前まではアダルトグッズを売っていたんです。一旦店を閉める際に、全部オーナーが買い占めたのでもうありませんが(笑)」
『バサラブックス』はバックボーンの“B面”も魅力的だった!