profile:やぐち・てつや|神保町で生まれ。1999年にここ映画・演劇・演芸・シナリオ・戯曲の専門古書店『矢口書店』の3代目店主となる。◯東京都千代田区神田神保町2-5-1 ☎03-3261-5708 10:00〜18:30、金・土〜19:00 無休
「本が読みたいなあ」って思うときほど、面白い本が見つからなかったりするから不思議だよね。だったらいっそ街に出て、本選びのプロにおすすめを聞いてしまおう!
このブログでは、本が大好きな人たちのお店に行き、本を読むこと、探すこと(=Diggin’ Books)の魅力を教えてもらいます。今月も張り切って行ってきます!
言わずもがな、本の街として有名な神保町(カレーも捨てがたい!)。でも、かつては国内有数の映画の街でもありました。1897年に今は亡き神田錦輝館で東京初の映画が上映されて以来、この界隈にはいくつもの映画館が開館し、多い時には10もの劇場が軒を連ねていたんだとか。今回お邪魔したのは、映画を中心に演劇や演芸に関する本も扱う矢口書店。大正7年(1918年)創業の老舗で、 映画専門の店としては元祖的な存在です。
神保町駅A6出口を出て、映画館「岩波ホール」を靖国通り側にまがって程なくすると、それこそ映画に出てきそうな貫禄ある佇まいのお店が見えてきます。3代目店主の矢口哲也さんが出迎えてくれました。
―創業当時から映画を専門にされていたんですか?
「いえ、創業当時はオールジャンルを扱う普通の古書店だったんです。映画の専門を謳いはじめたのは1975年。 先代である父が他店と差をつけるために、趣味で集めた映画の本を店に出すことにしたのがきっかけです。映画の本自体は1950年ころから集めていたようです」
「当初は映画自体は生活に身近なものになっていたものの、『映画をテーマにした本』というものは、実はかなり少なかったんです。それもあって、映画に関することはなんでも! とポスターやチラシ、チケットまで店に置くようになりました。映画好きのお客さんはもちろん、それを作る側の方も貴重なものを譲りにきてくださいます」
レトロなポスターから、みんな大好きな『インディ・ジョーンズ』シリーズのテレフォンカードまで! これは欲しい。
―映画本が珍しいものだったとは意外です。増えたのはいつ頃なんでしょうか?
「本の量も種類も増えたのはレンタルビデオが生まれたころからでしょうか。それまでは、映画が普及したといっても、観られる作品の数も限られていました。そのため映画の本も、読者が作品を観てない前提で書かれた映画評論が多かったように思います。ほとんどの内容はまず著者の『この作品を観てみては』という提案からはじまって、細かいあらすじにその人の分析が中心。それがDVDを借りて読者も実際に作品を観られるようになったので、著者の感想はさておき、ビジュアルブックや、特定の役者や監督に注目した撮影の裏話など、読者がもっと自由に映画を楽しむための本が増えてきたように感じます」
―レンタルビデオの登場が今の映画本のあり方も変えていたんですね。特によくテーマになる監督や俳優はいるんですか?
「邦画だと黒澤明監督や小津安二郎監督。洋画だとゴダールでしょうか。自費出版で本を出す人もいるくらいなんです。人気の名監督という反面、3人の作品は解釈が難しいとも言われています。書いている本人も、作品を理解するために本にしている部分もあるんだと思います(笑)。例えば『気狂いゴダール』という1冊は、著者が映画『男性・女性』を制作中のゴダールに密着し、そのときの様子を記録したもの。撮影の裏話も書いてあるから読みやすいし、ゴダール作品が少し身近になるかもしれません」
作品自体の敷居がちょっと高いから、彼らについて書かれた本もそうかと思ったら違うみたい。先日ゴダールの映画を観て、途中そっと目を閉じてしまったんだけど、“わからない仲間”が書いた本なら読みやすそうだし、またゴダールに挑戦してみたくなる。にしても「気狂い」ってすごいタイトル。
―お店を見ていて、シナリオの本が多いなと感じたんです。台本を読むと、理解も深まりそうですね!
「そうですね。小説のように楽しめるし、私自身もつい値付けのためにパラパラめくっていると、気がついたら読み入ってしまうこともあります(笑)。雑誌になりますが『月刊 シナリオ』は1949年から現在も発行されているので、自分の好きな作品の台本を見つけることができるかもしれませんね」
というわけで今月もディグっていきます。
今回は映画がさらに楽しくなる3冊!
1st DIG『キネマ旬報 第8号』
「店にある映画本で一番古いものです。1919年に発行されたもの。当時はまだ映画が普及したての頃で、発行部数も少なかったと思います」
そもそもキネマ旬報がこんなに歴史のあるものだって知らなかった。紹介されている作品も知らないものばかり! このときはまだ新聞のような形式で“読者が作品を観てない前提の映画評論”が中心。6000円なり!
2nd DIG 『「お葬式」日記』
「伊丹十三さんの初監督作品である映画『お葬式』のメイキング本です。監督自身の撮影中の日記とシナリオが収録されていて、どんな過程があってこの作品ができたのかを知ることができます」
日記が始まるのは撮影クランクインの前日から。シナリオは、風景描写も伊丹氏による言葉で書かれているから本当にエッセイのよう。 ここでも“アヴォカード”のようなハイカラな表現は健在!
3rd DIG『日本アニメーション映画史』
「1917年〜1977年までの日本アニメの歴史について書かれたものです。もちろん絵も多いので読みやすいし、ジブリ以前のアニメについて知ることが出来ます」
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予習として本を読んで、映画を観ながら「このとき監督はこんなことを考えてたんだよなあ」ってニヤニヤするもよし、シナリオを読み返して余韻に浸るもよし。矢口書店にくれば、映画の楽しみがまた一つ増える!
文/写真/飯野僚子