こんの・まこと|「水中書店」店主。印刷会社に勤めたのち、西荻窪の古本屋『古書音羽館』で働く。2014年1月、29歳のときに水中書店をオープン。東京都武蔵野市中町1-23-14-102 ☎0422-27-7783 11:00~21:00 火休
「本が読みたいなあ」って思うときほど、面白い本が見つからなかったりするから不思議だよね。だったらいっそ街に出て、本選びのプロにおすすめを聞いてしまおう!
このブログでは、本が大好きな人たちのお店に行き、本を読むこと、探すこと(Diggin’ Books)の魅力を教えてもらいます。今回はどんな本に出会えるだろう!
お店には約1万冊の古本。店内は床と棚をつくる木の香りが漂っていて落ち着いた雰囲気。店頭には100円均一の棚、なかに入ると『ぐるんぱのようちえん』なんて懐かしい絵本から、新刊ではなかなか買えない法政大学出版局の叢書シリーズまで幅広いラインナップ。「老若男女来てくれたみんなに楽しんでもらいたい」と話す今野さんの気持ちが表れている。
水中書店を紹介したいと思ったきっかけは「三鷹まち歩きマップ」を知ったから。水中書店近隣のお店を紹介する漫画形式のガイドだ。街の本屋さんってよく聞くけど、街のガイドをつくる本屋さんはそうそうない。はじめにこれをつくった理由を今野さんに教えてもらった。
「古本好きのひとが三鷹以外の町から来てくれても、水中書店以外の場所はどこへも寄らずにそのまま帰ってしまう、という話を聞いたことがありました。それって少し寂しいですよね。ほかにお気に入りのお店を持ってもらえたら、三鷹という町をもっと好きになってもらえるんじゃないかな、と思いました。」
このガイドでは、水中書店のほかに3つのお店が紹介されている。3つだけ? って思うかもしれないけれど、ある町を好きになるのにそれほどたくさんのお店を知っている必要があるわけではないし、ぼくのように三鷹に不案内なひとにとってはちょうどいい入門書になる。
今野さんがゆっくり過ごしたいときに行くという「テオレマカフェ」、Hiker’s Depotと同じビルの2階にあるセレクト書店「よもぎBOOKS」、「リトルスターレストラン」はオープン14年目で本も出している。どのお店にも共通するのは、日々のくらしに寄り添ってくれる場所であるということ。きっと普段通っている今野さんの実感が込もっているから、余計にそう感じるんだろうなあ。
三鷹以外からも人が集まる水中書店。特に目を見張るのは詩歌俳句のラインナップだ。
近現代詩で3棚、俳句と短歌で4棚と充実している上、これらの棚はお店の中心ともいえるレジ前に並んでいる。きっと特別な思い入れがあるに違いない!
「どんな人が来てもウェルカムな古本屋でありたい、っていう気持ちがつよくある一方で、詩歌俳句というある意味マイナーな本もしっかり並べたいんです。とは言え、決して一般的なジャンルではないし、ほとんどの古本屋ではよく売れるということでもないと思うのですが。
それでも力を入れていくのはそれが『好きだから』に尽きるんですよね。近現代詩にも短歌にも俳句にもそれぞれ面白さがあって、しっかりとした棚をつくって、お客さんに手に取ってもらえれば少なくない人に興味を持ってもらえると信じています。」
今野さんが空で言えるくらい反芻してきた句をいくつか教えてくれた。
「『行秋の君は線もて描かるる』は俳人の佐藤文香さんの句です。『行秋』は秋が終わる頃の季節のことです。『君』と呼べるほどの近しさのひとが誰かに鉛筆で描かれている。作者の視線には『君』と描かれつつある像もきっと同時に収まっている。親密な雰囲気の句だと思います。」
「あと、久保田万太郎に『湯豆腐やいのちのはてのうすあかり』という句があります。『湯豆腐』は冬の季語。冬は大地が雪に覆われて、命あるものが朽ちていく季節でもあるわけだけれど、そういう季節だからこそ、ありふれた料理のようにも思える湯豆腐が『いのちのはてのうすあかり』なんていう風に、少し大げさに詠まれることに可笑しみと同時に説得力も感じられる。面白い句だと思います。」
こうして話を聞いていると、頭のなかで四季それぞれが持つ印象と詠まれた情景とが重なり、句の奥行きが感じられてドキッとしてくる。さらに季語を知ることで面白くなりそう!
では今回もディグっていきます。やっぱり今野さんには詩歌俳句の本について聞いておきたい。
1st DIG『久保田万太郎全句集』久保田万太郎「久保田万太郎は基本的には戯曲や小説で有名です。本人は俳句は余技だと言いつづけたそうですが、今では俳句がいちばん読まれてる気がします。『あきかぜのふきぬけゆくや人の中』などの句があるんですけど、素朴なようでかっこいい。」
2nd DIG『感謝』岸本尚毅「若くして亡くなられた田中裕明という俳人がいて、田中裕明賞っていう賞ができたぐらい愛された俳人です。その盟友でもある俳人の岸本尚毅が彼への感謝を詠んだ句集です。シンプルな句のなかに、故人だけではなく人間そのものへの慈しみが感じられます。」
3rd DIG『伊太利亜』岡井隆「詩歌俳句の本って、本のかたちを愛でる本、でもあると思うんです。この歌集には、そういう本のうつくしさみたいなものがとてもつよく感じられるような気がします。」
横に引き出す本はよくみるけど、これは縦に引き出す仕様になっている。左開きで、短歌は横書き。こうやって凝ったつくりの本に出会えるのは詩歌俳句ならでは、じゃないだろうか。
「詩歌俳句の本は、一度手に入れて、読んだら手放すということが少ないジャンルなんです。」と今野さんは言う。それは折に触れて読み返したいと思えるほど、自分にとって大切なことばに出会ったと感じているからじゃないだろうか。その上のちのち新たな解釈を思いついたりすれば、なお一層手元に置いておきたくなるだろう。そんな1冊を持てたらうれしい。
最近句会に行くようになったという今野さんがつくる詩歌俳句の棚をみることができるのは頼もしい気がする。どれを読んでみようか、と棚を眺めてはスルーしがちだった詩歌俳句だけど、ここでひとつ向き合ってみようかな。
写真・文 迎亮太