夢中なことがあったり、叶えたい目標があったり、誰にも真似できない自分だけの“何か”を持ってる人ってかっこいい。シティボーイってどんな人のことを言うの!? という問いの正解は決して一つではないけど、彼らが共通して持っているのは、そういう自分の興味に対する強いこだわりなのではないでしょうか。
このブログでは、毎回1人のシティボーイに密着取材。彼らのホームタウンを巡りながら、シティボーイの実態を調査していきます。
今回のシティボーイは御茶ノ水に住む高桑啓さん。高桑さんは東京藝術大学音楽学部に通い、録音音響学を学ぶ大学4年生。現在は卒業に向けて研究に励む毎日ですが、そんな彼が勉強と同じくらい熱を持っているのがタクシー。今回は普段の活動について聞きながら、愛するタクシーについてその魅力を教えてもらいます!
『御茶ノ水』
まずは彼のお気に入りの『カレーライス ディラン』へ。
就職のために最近御茶ノ水へ越して来たそうなのですが、本当の理由は……
「御茶ノ水はカレー屋の集まる神保町に歩いて行けるし、大好きなタクシーが多く行き交う東京駅も近いんです。僕にとっては最高の場所です!(笑) ちなみに昨晩も別のカレー屋に行きました」
『ディラン』に入る直前まで「近くの『チャントーヤ』もいいですね。でも『エチオピア』も『ボンディ』も『共栄堂』も……」と悩んでいた高桑さん。シティボーイの元気源はやっぱりカレー。
『ゲスト登場!』
腹ごしらえをしたあとは、ここに越して来た理由でもある、タクシーの宝庫東京駅・丸の内エリアへ。移動手段はもちろんタクシー。なんと今回は彼が仲良くしているという乗務員さん(TAXIのTを取り以下Tさんと呼ばせていただきます)にも来ていただきました。ブログ始まって以来のゲストの登場です!
※高桑さんの今日のファッションはタクシーの青い帯の色に合わせたニットです。
高桑さんがタクシーを好きになったのは大学一年生の時。地元の埼玉でカスタムされたある1台のタクシーに出会ったのがきっかけ。
「内装にミラーボールのような電飾、タイヤのホイールにもカラーライトがついていて衝撃的でした。いつも決まった場所にいるので、思い切ってその乗務員さんに話しかけてみたんです。その方は乗せる客を選ぶパンクな方で、最初はあまり相手にしてくれなかったけど、何度も話しかけるうちに仲良くなりました。こういったドライバーとの一期一会な出会いもタクシーの魅力ですね。車内ではドライバーと距離が近いので会話も欠かせません。彼らはまったく違う仕事を経験した人も多く、バックボーンはさまざま。話を聞くと勉強になる事が多いんです」
それ以来、いつも気になるタクシーを見かけると、たとえ乗らなくても乗務員さんに話しかけて必ず写真を撮る高桑さん。これまで撮影した車種は100種類以上!
「今日来ていただいたTさんの車は日産『Y31セドリック』という、約30年タクシー業界を支えてきた車種。残念ながら今年の9月で生産中止になってしまったんです。さらにTさんの車がすごいのは『Brougham VIP L』という特別なモデルというところ。実は、普通の『セドリック』に比べて後ろ側のドアが150mm長いんです! 初めて街で見たときは別のタクシーに乗っていたんですが、思わず乗り換えてしまいました(笑)」
Tさんいわく、タクシーが好きで話しかけてくるお客さんはいるけど、高桑さんのように微妙なドアの長さを車に乗っている状態から見分けた人はいないそう。恐るべき洞察力です。
さらに運転席にも特徴が。
「Tさんご自身で車内をカスタムしているところも面白いです。オートマ車をマニュアル車仕様にしたり、灰皿の部分をくりぬいてメーターを入れてみたり。さらに改造した周辺を木目調に塗装して馴染ませているのも渋いですね」
タクシーもD.I.Y.で自己流に。内装こそドライバーさんのこだわりが光る場所かもね。高桑さんは普段の勉強もあってか取り付けているスピーカーについて質問する場面もありました。
取材チームのカメラを使って撮影する場面も。
「やっぱりできるだけいいカメラで車体を記録したいですよね。あとで写真送っていただけますか……?」
わかりました。でも高桑さん、時間がありません、早く次の場所に連れていってください!
『HAGISO』
Tさんにもお付き合いいただいて、次に向かったのはアパートの跡地を利用した文化複合施設『HAGISO』。そこでは彼が大学で勉強している録音音響学について聞きました。
そもそも彼が大学で勉強している録音音響学とは、音楽家が作った作品をどう人に伝えるのかについて考える学問。例えばスタジオでのレコーディングやコンサート会場での音響、映像などのサウンドデザインがそれ。高桑さんは実際に大学での勉強だけでなく、都内で行われるライブイベントでの音響などもしています。(上の写真は、都内のスタジオでレコーディングをしている様子。)
実は、ここ『HAGISO』も彼が仕事をしている場所。彼はライブイベントで使用する音響機器のディレクションや音響オペレーションを担当したんだとか。
「ライブに来るお客さん、演奏する音楽家のことを考えながら機材を選ぶのはすごく楽しいですね。『HAGISO』は、アパートの跡地ということもあって、建物の雰囲気も味わいたい方が多いんです。サウンドデザインは、人と空間の関係を考えることも大切なので、音が主張しすぎないように気をつけました。さらにここは様々なジャンルのアーティストが集まる場所。どんな音楽にも対応できるように、クセのない音を出せるスタンダードな機材を揃えました」
「高桑さん、そんな勉強してたんですね……。がんばってほしいなあ。そもそもなんで音響に興味を持ったの?」とTさん。いつの間にかインタビュアーになっていました。
「両親がスタジオミュージシャンということもあって、小さい頃から音楽は身近でした。実際にクラシックギターを練習したり、高校の時にバンドを組んだりしていたんです。でもいつの間にか演奏よりも機材をいじることに夢中になっていました(笑)」
普段何気なく聞いている音楽も、作品そのものだけでなくどうやって録音するのか、どういうスピーカーで聴かせるのか、色んな要素に支えられてはじめて僕たちの耳に届く。忘れてしまいがちなことだけど、こういう『音』そのものに向き合っている人がいて音楽があるんだね。それにしても、タクシードライバーさんとお茶をするなんて、なかなかできないです。
『お宅訪問!』
最後はTさんに送っていただき彼の自宅へ。真っ先に目に入ったのが、あるドライバーさんからもらった『アンドン(屋根上のライト)』。普通簡単には手に入らないものだけど、ドライバーさんとの交流を積み重ねたおかげで譲ってもらったもの。間近に見ると意外に大きい。大切に棚に飾られています。
タクシーが好きすぎて、『千住ヤッチャイ大学』というイベントでタクシーについての講義をしたことがある高桑さん。
「講義では、タクシーの歴史から車の種類、豆知識も紹介しました。例えば、タクシーのアンドンには非常事態を知らせる非常灯の役割もあって、運転席の足下のスイッチで簡単に赤く点滅させる事ができるんです。何度か非常灯がついたタクシーを見たことがあるんですが、声をかけるとだいたいがドライバーによる誤作動でした(笑)。あと、最近Twitterを利用するドライバー『ツイドラ』が増えているんです。みなさん、ただお客さんを乗せるだけじゃなくて電車の遅延やその日の天候など、乗客がタクシーを必要とするときにすぐ動けるように常に情報共有しています。彼らに話しかけて、珍しい車種のことや業界用語をついて教えてもらう事もあるんです。街だけでなくてTwitterで出会ったドライバーもいます!」
さらに最近はスマホのアプリを出すタクシー会社も多いんだそう。iphoneにTAXIフォルダがあるのは、タクシードライバーの他に高桑さんだけなのでは?アプリの並び順にも彼なりの決まりがあるそうです。
「以前、就職先から内定が出た日に、この世に4台しかないと言われる日本交通の『ピンク色のアンドン』が乗ったタクシーを2台も見たんです! ドライバーさんからも、『高桑さんは珍しいタクシーの引きが強い』とよく言われます。来年からは広告の仕事をするんですが、いつかタクシーの広告もつくりたいなあ……」
まさにタクシーを愛し、タクシーからも愛される高桑さん。
高桑さんいわく、タクシーは街歩きを楽しくする手段の一つ。目的地までの経路はその日の道の渋滞やドライバーの勘で変わるから、そのおかげで面白い店や見た事のない景色に出会えるかも。タクシーに乗らないのはもったいない!
取材/写真/文 飯野僚子