くさなぎ・ようへい|株式会社東京ピストル代表取締役、編集者 1976年、東京都生まれ。2012年に『BUNDAN COFFEE & BEER』をオープン。東京都目黒区駒場4-3-55(日本近代文学館内) ☎︎03-6407-0554 9:30 〜16:20 (LO15:50) 日・月・第4木休(日本近代文学館に準拠)
「本が読みたいなあ」って思うときほど、面白い本が見つからなかったりするから不思議だよね。だったらいっそ街に出て、本選びのプロにおすすめを聞いてしまおう!
このブログでは、本が大好きな人たちのお店に行き、本を読むこと、探すこと(=Diggin’ Books)の魅力を教えてもらいます。今月も張り切って行ってきます!
今回お邪魔した駒場東大前の『BUNDAN COFFEE & BEER』は、『日本近代文学館』に併設された、文豪にちなんだ料理が食べられる店。今ではコーヒーを片手に本を読める場所はあるけれど、それでもここを紹介したかったのは、浮ついた感じがまったくせず、いつ行っても清々しくて、お茶だけではなくて本ときちんと向き合えるような気がするから。本誌『はじめまして、東京。』の企画にちなんではっきり言ってしまうと、ブックカフェのスタンダード!(にしたい)。
というわけで今月は店を営む、東京ピストルの草彅洋平さんに案内をしていただきました。
『日本近代文学館』があるのは京王井の頭線、駒場東大前駅のほど近く。ざっくり“森”と言いたいくらい緑が生い茂った駒場公園の中に静かに佇んでいる。1967年に川端康成などの文豪たちの支援を受けて、近代文学の資料館・図書館として創立した、その世界ではちょっとした聖地。と聞くと敷居が高く感じられるかもしれないけれど、館内に入ってすぐ左手に『BUNDAN COFFEE & BEER』があってちょっと安心。
客席は、壁に沿って並んだ2万冊もの本が壮観な屋内と、気持ちが良すぎるテラスにも。
キッチン前には芥川龍之介も尊敬していたという小説家・豊島与志雄が愛用していた椅子とテーブルがあり、ここも客席のひとつ。せっかくだからここに座りたい!
本のラインナップは、この場所に相応しい芥川龍之介や坂口安吾などの文学作品のほか、なぜかコミックや映画についての本(しかもジャッキー・チェン多め)も。想像の斜め上を行くセレクトだなと思ったら、これらの約2万冊はすべて草彅さんの私物なんだとか。
そして、この店の名物と呼べるのが文学に関するメニュー。
この日は芥川(¥700)と檸檬パフェ(単品¥800、ドリンクセットで¥1,100)を。芥川は芥川龍之介や与謝野晶子、宮沢賢治などの多くの文士が通った、銀座にあった「カフェーパウリスタ」で提供していたブラジルコーヒーを再現したもの。檸檬パフェは梶井基次郎の『檸檬』から。檸檬ゼリーにたっぷりのクリームが乗っていて、本当に鬱々とした気持ちが晴れそうな味。他に、コーヒーだけでも“鴎外”や“寺山”をイメージしたものがあったり、牛めしやカレーなんかもあったりするのだけど、なんでこういうメニューを出すことになったんだろう。
「僕自身、文学が好きでずっと読んできて、今では編集者として本を作ってもいるのですが、少し前に、紙は環境に悪いし、ネットはあるしで本を読む意味だとか作る意味ってなんなんだろうって思ってしまったことがありまして。さらには、僕が一生懸命文学を読み始めた1995年くらいは文学が本当に読まれない時代で古本屋でも100円、200円程度で売られていたんです。でも、50年以上前に書かれた小説でも今に通じることがたくさんある。小説って雑然とした悩みや、人に言えない本質的な悩みを解決するにはすごくいい存在なんです。そんなことを考えていた時に『日本近代文学館』に関係する仕事をしたことがあって、この場所にかつて文学好きの間で“ナポリタンがうまい”と愛されていた『すみれ』という食堂が閉店していたことを知りました。こんな素敵な場所が空いてるなんて運命じゃないかと思って、僕が引き受け、文学の入り口にもなる食事を出すことにしたんです」
次に見せてくれたのが作家・坂口安吾が好んだという、焼き鮭のサンドイッチ(¥600ドリンクセット、平日9:30~11:00、20食限定)
「これは最近作ったメニュー。安吾が書いた『わが工夫せるオジヤ』に登場します。故郷新潟の郷土料理を彼がアレンジして作ったもので、最初『焼き鮭とパンが合うのか?』と思いました(笑)。彼自身、酒やタバコ好きのアドルム(ドラッグ)中毒者。『まあ、彼はおいしいと思って食べていたんだろう』なんて軽い気持ちで作ったら、それがすごく美味しかった。今あるメニューの多くは、塩胡椒・ケチャップくらいしか調味料がない時代に考えられたもので、忠実に再現すると正直美味しくないものが多かったのですが(笑)、これは違って。作ってみないと本当にわからないものですね。お店ではパプリカを入れて少しアレンジをしています」
ちょっと醤油の味がする鮭は“サーモン”とは違った味わい。いろんな文豪が通ったかもしれない食堂の跡地で食べると、坂口安吾のことをあんまり知らなくてもすごくロマンを感じるから不思議。
他にも、ここには文学の入り口になるものがある。それがグッズ。
入り口すぐの棚には川端康成が愛用していた原稿用紙や、『ロリータ』の著者ウラジミール・ナボコフが使っていた鉛筆『カステル9000番』、『おはん』の著者で美肌自慢だった宇野千代が監修した化粧品など、とにかく作家尽くしのグッズが並ぶ。永井荷風ステッカーなんかもあって、普通にかわいいけど、本人がみたらびっくりするだろうな。
そんな中で、一見普通に使いやすそうなトートバッグ(¥11,880)を発見。これもある文士にまつわるものなんだとか。
「作家・エッセイストである山口瞳が出かける際にいつも持ち歩いていたのが京都にある一澤帆布(現・一澤信三郎頒布)のトートバッグで、それを彼のご家族とブランドに相談をして、まったく同じものを作っていただきました。これにスケッチブックを入れて、絵を描きに外で出ていたそう」
酒の飲み方や行きつけの店、働く男の礼儀作法などについてエッセイを書いていた山口瞳。使っているものも洒落てたんだなあ。愛用品を見て、こんな素敵なものを使っていた大人の描く話なら素直に読めそうだと思った。
この店で目に触れるもの、手に取るものすべてが文学の世界につながっているのだけど、今後はこの場所もある意味「図書館」のような場所にしたいのだとか。
写真はBUNDANオリジナルのレシピ集『食べ物語る』(\1,600)。
「ここには『銀座キャンドル』で出されていたアップルパイのメニューもあるんです。『銀座キャンドル』は川端康成や三島由紀夫などの文豪が足繁く通った店。今、こうした古くからあるレストランは代替わりで閉店していってしまって、『この場所で三島由紀夫が食べたのか』っていう体験ができなくなりつつある。だから、愛されているのに閉店をよぎなくされているお店の方々の意思を引き継いで、ここでレシピを保管したり、ファンの人たちも文豪が愛した味を実際に体験できるレシピの図書館的役割を強くしていきたいですね」
それでは今月もディグって行きます。冒頭にも話してくれたように、本の楽しみは、時代を超えて人の言葉に共感でき、それが自分の血となり肉となること。というわけで今回は今の僕たちに必要そうな本、3冊です。
1st DIG『今夜、すべてのバーで』中島らも
「ロックを聴き、酒に溺れて……そんな彼の破天荒な生活を書いたエッセイなのですが。僕が若い頃に、アル中になった友達がこれを読んで救われて。小説ってダメな人も主人公で、いろんな人間の肯定をしてくれるんですよね。ここまで人って堕ちるのかと少しびっくりしつつ、今自分をダメな人と思っている人も自分のことを責めずに、この本を読んでみてください」
2nd DIG 『言わなければよかったのに日記』深沢七郎「もとはストリップ劇場でギターを弾いていた、少し変わった経歴の持ち主の深沢七郎。昭和31年に姥捨山をテーマにした本を書いて三島由紀夫に『なぜ、今この時代に姥捨山について書くんだ?』と感動された方です。学はあるのですが、その経歴からか、小説界ではある意味世間知らずな人。明治文学の巨匠・正宗白鳥に向かって失礼なことを言ってしまって後悔をしたり、そんなエピソードを平和な言葉で綴った1冊です」
偉大な人がこうやって先に失敗してくれていたと思うと心強い。
3rd DIG『バッタを倒しにアフリカへ』前野ウルド浩太郎「これは昨年出た新しい作品です。前野さんは、バッタを専門とする昆虫学者なのですが、バッタを愛しすぎて、バッタを知りすぎて最近ではアレルギーになって触れなくなってしまったような変わった方。彼自身、すごく真面目にバッタを研究していて、アフリカのバッタによる農作物の被害に真剣に取り組んでいるのですが、ここまで真剣になりすぎると逆に面白くなってしまうんですね。バッタに人生のすべてを捧げるってなかなかないことですが、そんな生き方もあるんだなと思えます」
少し前までは「研究者くらいしか来なかった」と草彅さんもいう『日本近代文学館』。たしかに、いきなり文学をどうぞって言われてもびびってしまうけど、作家が実際に食べていたもの、頭に描いていたものを口にしてみると、どこか共感をしやすくなるような気がする。
文学の世界に浸りたいと思ったら、まずはこの店でびびっとくるメニューを頼んでみて、それに関連した本を読む。ジャケ買いならぬ“味買い”もありかもしれないね。