第38回 喫茶アンデス 井上 博さんprofile: いのうえ・ひろし|喫茶『アンデス』オーナー。1971年に店をオープン。東京都練馬区豊玉北5-17-9 ☎︎ 03•5999•8291 7:00〜22:00、土8:00〜 日休
「本が読みたいなあ」って思うときほど、面白い本が見つからなかったりするから不思議だよね。だったらいっそ街に出て、本選びのプロにおすすめを聞いてしまおう!
このブログでは、本が大好きな人たちのお店に行き、本を読むこと、探すこと(Diggin’ Books)の魅力を教えてもらいます。今月も張り切って行ってきます!
今回お邪魔したのは練馬にある『喫茶アンデス』。本屋じゃないの!? なんて心配は無用。ここにはちゃんと本が、さらにはカレーも“あんです”よ。
ってことで、本誌「なんでこんなにカレーがすきなんだろう。」特集で毎日カレーを食べても飽きないことを確信した編集部にはもってこいの店。
オーナーの井上さんにお話を聞きました。
店があるのは創業の1971年からずっと練馬駅の真正面。もう練馬の玄関と言っても言い過ぎじゃないくらいこの街に馴染んでいて、朝から夜まで地元のおじいちゃんおばあちゃん、若者がひっきりなしに出入りする。
イラストレーターのNORITAKEさんも以前上京して初めて住んだ街のお気に入りスポットとして紹介してくれて「おじいちゃんが『コナン』を熟読していて微笑ましい」なんて話していたけど、全員本を片手にコーヒーを飲んでいて活気があるのに静か。
今ではブックカフェをよく見かけるけど、ここではいつから本を読めるようになったんだろう。
「開店してすぐに、お客さんが大量の本を譲ってくれたんです。当時はブックオフのように気軽に本を有効に処分できる店がなかったですから。捨てるよりは店に置いた方がましだろうと思って棚を作って置いてみたら案外お客さんに好評で。それ以来今でも色んな人が譲ってくれて、もらえるものはなんでもいただいています(笑)。店に置ききれなくてしまってあるものもあるけど、全部で3000冊くらいでしょうか」
井上さんご自身も本はお好きですか?
「もちろん! 大好きです。特にフィクションものと手塚治虫が好きですね。昔は筆者ごとに本を整理していたんですが、本が増えすぎてどこにあるのかわからなくなっちゃった(笑) 。自由に店内を動き回って大丈夫ですから、ぜひお気に入りの本や漫画を探してみてください」
と井上さんが話すように、コの字型の広い店内にはいたるところに本棚があって、どこに座っても本を手に取りやすい。さらには「あの本取りたいけど他のお客さんが棚の前に座ってるし……」なんていうブックカフェでありがちもやもやもここにはなくて、みんなどうぞって声をかけてくれるからどんどんディグリに行こう。
次に井上さんが見せてくれたのが店に飾ってあるイラスト。
「そうそう、好きな作家さんまだいたよ! あだち充さん。彼を忘れたらあだちさんに怒られちゃうな。彼は『タッチ』を描いていたときにこの辺りに住んでいて、ここで実際に作品を描いて打ち合わせにも使ってくれていたんです。このイラスト(写真上)は特別に描いてくださったもの。いつも店の一番奥、左隅の席に座ってナポリタンを食べてらっしゃいました。今でも月に2回ほどは来てくださるんですよ」
このナポリタンは『タッチ』に出てくる喫茶南風のナポリタンのモデルにもなったとか。『タッチ』が生まれた場所で、作品に出てくるナポリタンを食べて、作品を読んで、なんてすごく粋だ! 他にもあだち先生の作品はたくさんあるよ。
がしかし、それでもなお、カレーの虜になった我々が食べたいのはビーフカレー(580円)だ。
「普通の喫茶店だからね、こだわりもなにもない普通のカレーだよ(笑)」
なんて井上さんは話すけど、牛肉と玉ねぎのシンプルな具材がじっくり煮込まれて溶けたルウは中辛の食べやすいけど後を引く味で、さらさらっといける。多くの人がナポリタンを頼むのを横目にちょっと優越感に浸れる味わいだし、本を読むのを想定してかどうかはわからないけどちょっとルウ多めの感じが食べやすくて本を読みながらにぴったりだ!
というわけで、今月はカレーを食べながら読みたい3冊をディグリます。
1st DIG『百万ドルをとり返せ!』ジェフリー・アーチャー
石油開発への投資話に騙された数学教授のスティーブンを中心とした被害者4人が、犯人からお金をとり戻ろうとする物語。話が二転三転するコーンゲーム小説の代表作で、『アンデス』のゆっくりした雰囲気の中でじっくり読むのにいい気がする。
2nd DIG『マルタの鷹』ダシール・ハメット
やっぱりこの夏はハードボイルドも外せない! というわけでハードボイルド小説の名作を。ある女性から妹探しを依頼された私立探偵サム・スペードは捜査を進めるうちにマルタ騎士団にゆかりのある秘宝「マルタの鷹」をめぐる大きな戦いにまきこまれてしまう。中辛のカレーで汗をかきながら読みたい。
「どこに置いてあるかはわからないけど、ハードボイルド小説はたくさんあるよ」と井上さん。
3rd DIG 『名探偵のコーヒーのいれ方』クレオ・コイル
NYの老舗コーヒーハウスを切り盛りするクレアが、店で転落した店員の姿を発見する。警察は事故と判断したが、不審に思ったクレアは捜査に乗り出し、真相を突き止めていく。コーヒーや焼きたてのお菓子の描写につい小腹がすくミステリー小説。
POPEYEが初めてカレーの特集を組んだのは4年前。そのときからカレーと本の相性のよさには気づいていたけど、本が置いてある喫茶店というのは盲点だった! 神保町で書店めぐりをしたあとにカレーを食べながら選んだ1冊をじっくり読むなんていうのも王道でいいけど、あれもこれも読みたい! っていう欲張り派にはこの店も最高。どんな本が置いてあるかわからないこその、運命の出会いもあるかもしれないしね。
『アンデス』には文庫のレンタルサービスもあるから気に入った作品があったらマスターに気軽に声をかけてみよう。(1冊50円、レンタル期間は1ヶ月)
写真・文 飯野僚子